【戦略的交渉入門】交渉学は新たな教養

交渉学は新たな教養

概要と感想

「交渉」という言葉にはどこか“駆け引き”や“押しの強さ”といったイメージがつきまとい、苦手意識を持つ人も多いのではないでしょうか。
また、会社の位置づけや商品の強さ、ひいては運にも左右されるため、自分個人がいくら頑張っても交渉をコントロールするのは無理だと思う方も少なくないと思います。

そんな概念や苦手意識から脱却するきっかけとなるのが、田村次朗・隅田浩司の両氏による著書『戦略的交渉入門』(日本経済新聞出版/2014年)です。

本書は、「交渉」を単なる値引きや取引のテクニックで左右されるものではなく、「互いの利益を最大化し、信頼関係を築くための知的行動」と位置づけています。
会社間の“利益の勝ち負け”を競う行為ではなく、あらゆる仕事、人間関係の中で役立つ人間としての新たな教養の一つとも述べています。

実際本書は、交渉における手法だけではなく、商材販売・物販や営業のテクニックとしてイメージのつきやすい内容となっています(主に、惑わされないように事前に知っておくべき心理戦術など)。
「交渉」も「商材販売」の一貫と思うと身につけやすく、実践の場でも知識に裏付けられた自信につなげられそう!と感じました。

ただし、肝心の「交渉力」はこの本を読んだからといってすぐに身につくものではないと思います。
前述の通り交渉場面は毎回状況や条件が違うわけで、場数を踏んでこそ実力として積み上げられるものであるのは間違いないからです。
また、そうした方がいいことはわかってるけど現実なかなか難しい、という手法、戦略もやはりありました。

とくに難しいと感じたのは、「ドア・イン・ザ・フェイス」のような交渉の小手先テクニックと、それに対する交渉戦術の使いどころです。
交渉戦術を知らない人からみると同じように見えてしまうため、冷静な交渉戦術であっても小手先テクニックを使われていると思われかねないだろうという懸念は拭えないでしょう。

また合意の結果、こちら側がかなり利益の高い着地を果たせたとしても、そのプロセスに運要素が強ければ、交渉能力が高いとはいえす、その逆も然りです。
交渉相手が「双方の最大限の利益を目指して」いる相手(自分と同じ志)か、そうでない相手かによっても大きく変わってきます。
交渉の手法も進め方も目指すべき着地点もケースバイケースで、共通する最適解を実感しづらいのも事実です。

また、論理的な説明がほとんどだったため、全体的に抽象的に感じられてしまいました。
もっと具体的なケースに沿っての説明があると、想像しやすく活かしやすくなってたかもしれません。

自分は「交渉」に限らず、日常会話においても、その場限りの雰囲気や立場関係に流されてしまいがちなので、まずは相手の要望やその交渉が目指す本質を見極めようとする姿勢を身につけることを徹底したいです。

要約

●交渉力とは…

①対立にあわてず、適切に自己主張し、相手の価値を理解する努力を継続する
②表面的な態度屋、脅し、ごまかしに惑わされず、真意を見抜き、毅然と対応する
③交渉相手の圧力に屈して安易に譲歩せず、時には意見の対立を恐れず議論し続ける
④どれほど対立的な状況が深刻化したとしても、最後まで対話による問題解決をあきらめない

●交渉を成功に導くために…

① 大事なところは論理的に
・交渉における提案や条件は、
a)相手に何かをしてもらう(行動要求型)
b)相手にしていることをやめてもらう(中止要求型)
のいずれかに分類できる。
→ よって、相手が行動するメリット、またはその行動をやめるべき理由を論理的に説明できることが重要

・「合意すること」を最重要視しすぎない。合意したいばかりに、相手から提示された条件を都合よく解釈し、自分の譲歩を正当化しようとするのはアウト。
安易な合意は、自分の目的を見失うことにつながり、見込みの甘さは安易な譲歩を招く。
例1)「落としどころ」に頼りすぎる。譲歩することを前提とする。
例2)その場の雰囲気や曖昧な言葉(例:「今後のよいおつきあい」など)に流される。
例3)相手の希望的観測にすがる。
例4)「とりあえず合意して、あとで社内調整すればいい」と考えて何でも引き受ける。
→ 合意バイアス(合意したい心理)に注意する。この交渉で何を得ようとしているのかをもう一度思い出して安易な合意を回避しなければならない。

・不適切なラベリング(例:「興奮しないで」「ロジックはすごいですね」「お客様の声を大事に」など)に惑わされない。
→ 自分の発言を議論外に追いやるための戦術であることを理解しておく。

・交渉中は自分が冷静さを欠いている自覚を持つ。

②交渉の下ごしらえ
・準備不足は交渉相手を「強い・弱い」の力関係でしか見られなくし、偏った判断を招く。
→ 有利な情報だけに注目したり、相手を過大・過小評価してしまう。

・交渉中の相手の反応など、些細な情報に惑わされて判断を誤ることを防ぐためにも、その場で考えることを最小限にできるように事前準備を行う。

・相手の表面的な感情や態度ではなく、話の中身に集中する。

・相手の揺さぶりに慌てないために、よくある交渉パターンを事前に把握しておく。

・「合意した=成功」とは限らない。準備段階で目標を明確に設定し、合意の有無だけで自己評価を終わらせない。

・事前に自分の目標数値と譲歩可能なギリギリのラインを設定しておくことで、「アンカリング(後述)」への耐性も高まる。

③利益に焦点を合わせる
交渉は「正しさを証明する場」ではない。互いの利益の最大化と損失の最小化を目指すことが目的である。

・最後まで交渉当事者同士でコントロールすることを諦めず、第三者に判断を委ねない。

・相手の利益にも配慮した提案を示す。
自分の提案が相手にどんな利益をもたらすのか、説明できなければならない。

迷ったときは「何のための交渉か」「合意して何を得るのか」という判断基準を明確にしておく。勝ち負けや売り込みなどわかりやすい利益を目的にしない。

・合意を最重要視しすぎない。
→ 条件を都合よく解釈し、譲歩を正当化する「落としどころ思考」にならないよう注意。

●ファイブ・ステップ・アプローチ

①状況の把握
・不利な現実から目を逸らさない
・交渉に関わる利害関係者、および交渉に影響する外部環境を整理・可視化する。

②ミッション
・その契約によってどんな利益・成果が見込めるのかを最終目標に据える。「少しでも安く契約する」など金銭的目標だけをゴールにしない。
・自社の理念・方向性と、自分が会社にどう貢献できるか(=期待されていること)を明確にする。
・交渉の合意がその後会社や事業にどのように影響するのか、その先を想像する

③自分の強みを探す
・強みとは「相手がこちらに魅力を感じる要素」。
→ 交渉では、一方的な譲歩ではなく建設的な交換を実現するために使う。
・独占企業や独占分野でもない限り絶対的優位な強みは確保できない。
小さな優位性を数多く集めることで、突破口を増やす。「大したことのない付加価値」であっても、具体的な説明を添えて強調することで決定打になりうる。
例)価格や納期といったメイン要素ではなく、「サポート体制」「柔軟性」「信頼性」など

④ターゲティング
・交渉で扱う協議事項を具体的に特定する。
・相手に示す提示条件(特に金額)は具体的な数値レベルまで詰める。
・当日の雰囲気で譲歩しないために、事前に「譲歩可能ライン(最低限の条件)」を明確化しておく。
・なお、こちらが譲歩できる最低ラインを落としどころ、としてしまうと、妥協を正当化し利益を損なう危険性がある。その形での交渉は、利益の出ない合意をしてしまったのだと認識すべき。
相手にも「留保価格(最低限許容ライン)」があり、今提示している金額がすべてではないことを忘れない。
・金額設定のみならず、選択肢を組み合わせて利益を最大化する工夫も効果的。

⑤合意できなかったらどうするか
・自分の立場の強弱に関わらず、代替案を把握しておくことが交渉中の冷静さを保つことにつながる。
・「この交渉が決裂したら会社はどうなるのか?」と自分に問う。
→ 実際は致命的でないケースも多く、冷静に対処できる。
・交渉が成立しなかった場合の損害予測(自社・相手双方)を試算しておく。
→代替取引先の検討や、ビジネスモデルの再設計を視野に入れ、交渉全体をゼロベースで見直す視点を持つ。
・短期的損失の回避だけでなく、長期的利益の可能性を重視する。

●アンカリング対策(二分法のわな)

アンカリング効果とは…
最初に提示された数値・情報が基準点となり、その後の判断が左右される心理現象。
例:相手から「10%値引きを」と言われ、反射的に「5%なら」と答えてしまう。
→この時点で5%の譲歩を前提としてしまい、相手に主導権を握られている。

▼対処法
1. 理由を説明させる
「なぜ10%値引きをご希望なのですか?」など、立証責任を相手に負わせる。
理由や根拠を示さない限り、譲歩や判断は行わない。
2. 即答しない
 「納期を早めて」「値引きして」などにはイエス・ノーで答えず、まず理由・背景を求める。イエスでもノーでも不利になる場合があるため、まずは相手に話をさせる。
3. 話題を転換・はぐらかす
 「そのお話の前に〜」「いや、ご冗談を」などで一度受け流す。
拒否された場合は「現時点では厳しい条件しか出せません」といった相手にもデメリットを匂わせる表現を使う。
4. 説明不足を突く
 「状況をもう少し詳しく教えてください」「どの程度競争が激しいのですか?」など、根拠を掘り下げる。データがなければまだ交渉の余地はある。
5. 合理的に拒否する勇気を持つ
相手の説明が正しくても、自社に利益がなければ受け入れない。「ご事情は理解しましたが、この条件ではお受けできません」と明確に伝える。
6. 無知を恐れず質問する
あいまいな言葉・法律用語などは必ず確認する。
ただし「絶対に譲れない」などと言われた場合は質問せず、他の話題に移って緩和点を探す。
7. 自分から提示して主導権を握る
そもそも価格交渉では、相手より先に条件を出す方がアンカリングを仕掛けやすい。

●交渉におけるオフェンス的手法(?)

(⇔ディフェンスが「戦略に惑わされない」など)
・自分の言葉に重みを持たせる工夫をする。
・発言の信頼度を増す情報提供を行う。
・相手の話を聞き、情報を引き出す質問をする
・大したことないように見える付加価値的な強みであっても、具体的な説明を踏まえて強調する。
→それが他社と比較したときの決定打になることもある。
→だいたいのメインアピールポイント(価格など)は誰にでもわかりやすく顧客も想像がつく。異なる視点=付加価値をアピールすることで、顧客にも新たな比較条件として気付かせることもできるかもしれない。

●パワープレーヤーへの対応

パワープレーヤーとは…
交渉の場で自分の立場や権力を誇示し、相手を心理的に支配しようとするタイプの交渉相手

▼対処法
・簡単に譲歩せず、卑屈にならない。
合理的で一貫した姿勢を見せる。
・相手をやり込めようとしない。「あなたのルールでは妥協しません」という態度を示すだけで十分。
・相手の主張をじっくり聞き、理解しようとする姿勢を見せる。
・説明させることで承認欲求を満たしつつ、不利な点ではあえて相槌を打たない。譲歩しない姿勢を保つことで、相手に「この方法では通用しない」と思わせる。
・相手に「(弊社が)その提案を受け入れた場合、どのような結果になるか」を説明させる。
→ 人は自分の主張の不公正さを自覚すると、発言を弱める傾向があるため、その提案が不公正である場合自信なさげになる。
・相手の意図や態度を評価・批判せず、事実的な要求や提案にのみ着目して対応する。

●ブロスペクト理論

人は「利益を得たい」よりも「損失を避けたい」心理が強い。
提案は相手に「得をする」より「損をしない」と感じさせる構成にすると効果的。自分自身も相手の提案に対して、このバイアスにかからないよう注意する。

●グッド・コップ、バッドコップ

一人が厳しく追及し、もう一人がそれを宥めながら譲歩を迫る典型的な分担戦術。
「上司がどうしてもダメと言っていて…」などその場にいない相手を盾にとるのも例の一つ。
→自分は社内稟議を通す時に、上司相手に「お客様がどうしても…」という使い方をすることもある。成功率も高い。
→逆に自分が流されないよう注意

●おねだり戦術

合意の直前や直後に、「ついでにこれも…」と追加要求を出す戦術。
成立ムードの中で相手が拒否しづらくなる心理を突く。
→二つ返事で受けるのではなく、一旦相手に質問することで相手にボールを返す(なぜ?いつ?詳細は?)。これにより、その要求には再度交渉が必要であることを相手に伝えられる。

●約束のマネジメント

安請け合いをやめる。「なんとかします」は信頼を失う第一歩。
どんなに小さな約束事でも慎重に扱う。
・留保付きの約束を意識する。「◯日までにAは対応可能ですが、Bは現時点では未定です」など。
・現時点で全て確約はできないが、こちらとしても約束しておきたい場合は、内容や結論ではなく、プロセス(毎月定期的にご報告します、など)に関する約束をすることも有効。
・なんでも「持ち帰る」癖を避ける。持ち帰る場合は理由を明確に伝える(「社内稟議のために確認が必要」など)。

「もう少し詳しく、説明していただけますか」

無理な提案をされたとき、こちらの提案を受け付けてもらえない時など、とにかく使える!

●その他

「必ず合意可能領域は存在する」という前提を忘れない。

・議論が平行線になり行き詰まった場合は、「このままだと合意が難しくなってしまうので、一度お互い整理しませんか」と前向きなトーンでを仕切り直す

・人間は「複数の選択肢を検討すること」を心理的に避けたがる傾向にある
→選択肢の全てを検証しようとする自分には当てはまらんけど…

・コンフリクトが生じた際、闘争を辞さない姿勢で勝ち負けに固執することは避ける。合意することでどのような利益があるのかという視点に立つ。
→面倒な依頼やクレームに対してもこの意識を持ちたい。自分に利益をもたらす返し方をすべき。腹立つ感情を無理に抑え込もうとするのではなく、感情的になっていることにまず自覚的になる。

相手が不愉快な態度を取っても、それを改めさせようとしない。
→相手の人格を変えるのは交渉の目的ではない。この交渉だけで相手が誠実な人間に生まれ変わるわけはなく、また相手にそこまで労力を費やし親切にしてあげる義務はない。

会議などにおける調整型リーダーは、一見柔軟に見えて方向性を見誤る危険がある。
→自分だ…「全員が納得できる落としどころ」を見つけようとして、初めから方向を決めつけていたり、批判的意見を取り入れず中途半端な結果になったりすることが多い。

理想の交渉とは…

「相手が自ら納得して提案を撤回するか、修正提案といった形で譲歩してくれる(p.69)」ようにすることだと思いました。

余談:めちゃくちゃ誤字が多かったのは意外と気になったかな…
 

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